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AI戦略 2022
The document frames AI governance primarily through economic competitiveness: it explicitly aims to strengthen Japan's industrial competitiveness, achieve top-runner status in real-world industries, improve labor productivity to match the US and Germany, and build international AI networks to expand market reach. National resilience (disaster response, pandemic preparedness) and social stability are strong secondary frames, especially in Strategic Goal 0. Innovation enablement appears throughout as a means to achieve these goals.
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AI戦略 2022 令和4年4月22日 統合イノベーション戦略推進会議決定 目 次 第一部 基本的事項 ····················································· ·········· 1 第二部 差し迫った危機への対処 ··············································· ···· 9 第三部 社会実装の推進 ··················································· ······· 21 第四部 「すべてにAI」を目指した着実な取組 ···································· 30 1 第一部 基本的事項 1.はじめに 2019 年 6 月に策定した「AI戦略 2019」においては、四つの戦略目標を掲げ、これまで 政府では、それらの戦略目標を実現すべく、教育改革、研究開発体制の基盤づくり、社会 実装、データ関連基盤整備、AI時代のデジタル・ガバメント、中小企業・ベンチャー企 業の支援、倫理、その他に関する各種取組を鋭意推進してきている。 その中で、教育改革では、日本におけるAI・データサイエンス教育の学校教育及び企 業での人材育成プログラムでの広範な導入へと繋がった。また、一連のAI関連の研究や 社会実装プロジェクトがスタートした。その結果、日本の学校教育や企業での人材育成は 大きく変わりつつあり、その目論見は達成されつつあると考えられる。 しかしながら、効果の発現に時間を要するものがあるとはいえ、人材育成、産業競争力、 多様性を内包した持続可能な社会、研究開発等、いずれにおいてもまだ各施策の効果を十 分に実感できるまでには至っていない。 また、パンデミックや大規模災害のリスク等に鑑みて、2021 年6月の「AI戦略 2021」 の策定に際して、差し迫った危機への対処にかかる戦略目標を設定したことを踏まえ、今 般、その具体的な目標等についても検討を行った。差し迫った危機への対処については、 我が国の国家的危機に対応するレジリエンス向上を目的とする AI for National Resilience と、地球規模の危機に対応するレジリエン ス向上を目的とした Planetary Resilience の二つの大きな課題への対応と、それらを実行する基盤としての加速度的なD XやAI導入による潜在的脆弱性への攻撃に対するレジリエンスの向上(サイバーセキュ リティの強化)や、AIに対する信頼性の向上 (Responsible AI の確立)を実現した Resilient and Responsible AI が必要である。 「AI戦略 2022」では、新型コロナウイルス感染症によるパンデミックや地殻変動など より明白になる多くのリスク要因などを反映し、従来のAI戦略の状況に適合した拡張を 行った戦略方針を提示する。そして、AIの社会実装をさらに推進する。 2 2.戦略のスコープ 本戦略における「人工知能(以下「AI」という。)」とは、知的とされる機能を実現し ているシステムを前提とする1。 近年のAIは、機械学習、特に深層学習(ディープラーニング)に基づくものが中心で あるが、AI関連の技術は急速に進展しており、機械学習に基づく技術に限定してAIの 定義とすることはしない。 3.戦略の目的 本戦略の目的は、Society 5.0 の実現を通じて世界規模の課題の解決に貢献するととも に、我が国自身の社会課題の克服や産業競争力の向上に向けて、AIに関する総合的な 政策パッケージを示すことである。 4.戦略の背景となる理念 2019 年3月、政府は、「人間中心のAI社会原則」を取りまとめた。これは、AIの発 展に伴って、我が国が目指すべき社会の姿、多国間の枠組み、国や地方の行政府が目指す べき方向を示すものであり、その基本理念として、 ① 人間の尊厳が尊重される社会(Dignity) ② 多様な背景を持つ人々が多様な幸せを追求できる社会(Diversity & Inclusion) ③ 持続性ある社会(Sustainability) の3点を定めている。 1 AI(artificial intelligence)については、例えば EC ハイレベルエキスパートグループ報告書においては、「環境や入力に対応して 知的な動作(一定の自律性を有することもある)を行うシステム」とされているが、「知的な動作」の実体は解釈に依存する側面もある。 また、2016 年に米国で発表された AI100 報告書では、学問分野としてのAIを、「知能を持った機械を作る研究であり、知能とは置かれた 環境中で適切に、かつ何らかの洞察を持って機能すること」という Nils J. Nilsson の定義を引用しているが、この定義も大きな曖昧性を 持ったものである。実際、同報告書では、AIの定義が曖昧であること自体が、AIの研究を加速している肯定的な側面があるともしてい る。これらの状況を鑑みると、何を以て「AI」または「AI技術」と判断するかに関して、一定のコンセンサスはあるものの、それをそ こに利用される技術などを基盤にことさらに厳密に定義することは意味があるとは言えない。同時に、このようなシステムは、高度に複雑 なシステムに組み込まれることも留意する必要がある。さらに、大規模データを収集・蓄積し、アクセスする基盤、超高速通信網、センサ ー群、ロボットなどがなければAIシステムの実装はおぼつかない。サイバーセキュリティやAI倫理など、このようなシステムの安全性 や健全性を担保する技術の開発や実装が行われなければ、AIが広く受容されることも困難となる。AIは、知的とされる機能を実現する 広範なシステムを包含するとともに、今後の社会や産業から日常生活、また、科学研究や技術開発まで、あらゆる領域に展開されることが 予想される。よって、本戦略の対象は、これらの領域も統合的に構想する必要がある。 3 本戦略は、これらの基本理念を尊重する。 5.戦略の推進にあたっての基本的考え方 前述の基本理念を実現するため、すなわち、「多様性を内包した持続可能な社会」に向け て、AIを含めた新たな技術の導入と、その導入と並行した社会システムの変革が重要で ある。さらには、AIの導入によって、国民一人一人が具体的な便益を実感でき、新たな 技術や社会システムが広く受け入れられていくことが不可欠である。 加えて、Society 5.0 の実現を進める中で、我が国の国際的プレゼンスの向上と、産業 競争力の抜本的強化を図っていかなければならない。その際、「人間中心のAI社会原則」 を踏まえ、性別、年齢、政治的信条、宗教等の多様なバックグラウンドにかかわらず多様 な人材が、幅広い知識、視点、発想等に基づき、貢献できるようにすることが重要である。 国は、以上の観点を念頭におき、総合的なコーディネーターとして、以下の点にも留意 しつつ、本戦略に記載される各種施策を着実に推進していく必要がある。 ① 国家の最大の使命は、そこに暮らす人々の生命と財産を守ることであり、パンデミ ックや大規模災害なども含めた非常事態に迅速に対応できる体制とシステムの構築 が必須。これらのニーズへの対応の立ち遅れを早急に是正し、十分な基盤と運営体 制を構築することが必要。 ② 産業の担い手は民間企業であり、民間企業がその力を発揮するために、基盤の整備 (人材の育成と呼び込み、研究開発の促進、産業基盤の整備・事業化支援)、新たな 技術の導入を加速する制度の構築と阻害要因の除去、多国間の枠組みの構築などが 不可欠。 ③ AIシステムの実装には、大規模データを収集・蓄積し、そこへのアクセスを提供す る基盤、超高速通信網、センサー群、ロボット等が必要。 ④ AIの社会受容には、サイバーセキュリティやAI倫理を含む、システムの安全性 や健全性を担保する技術の開発や実装、AIに関わるリテラシーの向上及び開発者・ 運用者とユーザの間での適切なコミュニケーション、さらにはAIの具体的な便益 が感じられることなどが重要。 4 ⑤ その他、国際情勢の複雑化、社会経済構造の変化等に鑑み、AIを含む重要技術につ いては経済安全保障の観点から各種の取組が検討されていることから、政府全体と して効果的な重点化が図られるよう、関係施策の調整を行うことが必要。 ⑥ また、AIは、その応用範囲が広範であり、かつ、技術的にも多くの研究分野と密接 な関係を有することから、量子、バイオ、材料科学などに代表される政府の戦略的な 取組とのシナジーを追求すべきことが重要。 6.戦略目標 本戦略では、以下の戦略的目標を設定する。 なお、これらの戦略目標のうち、戦略目標0は差し迫った危機への対処能力を準備する ものであり、自然災害大国の我が国においては、万全の対応が求められる。一方で戦略目 標1-4は我が国の持続可能な産業・社会の基盤づくりとなるものであり、国際競争力を 維持し、日本の存亡をかけて、持続的かつ着実な対応が求められるものである。我々はこ れらの両輪を並行して回していく必要がある。 戦略目標0 我が国が、パンデミックや大規模災害などの差し迫った危機に対して、そこに住む 人々の生命と財産を最大限に守ることができる体制と技術基盤を構築し、それを適正か つ持続的に運用するための仕組みが構築されること。 新型コロナウイルス感染症によるパンデミックは、その一定の収束まで一定の時間 ときめ細かな対応が必要となる。同時に、これが最後のパンデミックではなく、将来 においても新たなパンデミックが発生しうることを前提とする必要がある。また、首 都直下地震や南海トラフ地震などの大規模地震、激甚化・頻発化する気象災害など、 まさに大規模災害等の非常事態や、さらに切迫した事態が頻発することを想定する必 要がある。新型コロナウイルス感染症への対応で露見したのは、我が国のデジタル化 の信じ難い遅れであり、これは官民双方に見られる。また、これら非常事態の対応に 5 関する体制や法体系も整備されているとは言い難い。本戦略に関わる部分においても、 各種データのオーナーシップの不明確さ、紙ベースの情報伝達など、AI以前の問題 が山積している。この問題は、一刻の猶予もなく是正するべきであり、デジタル庁の 発足とそれに伴う一連の法体系の整備を反映し、日本の人々の命と財産を守ることに 資するAI関連の研究開発の進展と迅速な実用化を目指す。 戦略目標1 我が国が、世界で最もAI時代に対応した人材の育成を行い、世界から人材を呼び込 む国となること。さらに、それを持続的に実現するための仕組みが構築されること。 「AI時代に対応した人材」とは、単一ではなく、 ・最先端のAI研究を行う人材 ・AIを産業に応用する人材 ・中小の事業所で応用を実現する人材 ・AIを利用して新たなビジネスやクリエーションを行う人材 などのカテゴリーに分かれ、各々のカテゴリーでの層の厚い人材が必要となる。 人材の増大には、女性や高齢者も含む多様な人材や、海外から日本を目指す人々も 含め、それぞれの層に応じた育成策、呼び込み策が重要である。そのため、今後、先 進的な教育プログラムの構築が重要であり、さらに、これを海外にも提供できるレベ ルにまで充実させることも必要になる。 日常生活では、より有効にAIを利用することで、生活の利便性が向上し、従来で はできなかったことができるようになる。そのためには、AIに関するリテラシーを 高め、各々の人が、不安なく自らの意志でAIの恩恵を享受・活用できるようになら なければならない。 戦略目標2 我が国が、実世界産業におけるAIの応用でトップ・ランナーとなり、産業競争力の 強化が実現されること。 6 サイバースペース内で完結することがなく、人、自然、ハードウェアなどとの相互 作用を通じて初めて価値が生み出される、「実世界産業2」 領域には、未だに系統的に 取得されていない膨大な情報が含まれている。 本領域において、多くの場合には、サービス・プラットフォームを軸とした高付加 価値型産業への転換を促進することが極めて重要であるため、それに資するAI関連 の開発支援、制度設計、社会実装に係る基盤形成を進め、産業競争力の向上と、世界 のトップ・ランナーとしての地位の確保・維持を目指す。これはAI戦略以外の政策 も連動した上で実現する目標となるが、AI戦略が重要な部分を担っていることは間 違いない。産業競争力の尺度の1つとして、労働生産性が考えられる。米国、ドイツ、 フランスなどと同等の労働生産性水準 3に到達するには、我が国は、極めて大胆な産業 構造の変革を必要とすることが明確である。併せて、当該領域を通じた、世界規模で のSDGs達成に貢献する。例えば、SDG9で持続可能な産業化の促進とイノベー ションの推進について掲げられているように、イノベーションを通じて持続可能な産 業の促進やSDGsの達成に貢献することができ、その中で、AIは重要な役割を果 たすことができる。 加えて、公的サービス分野でAIを応用することにより、サービスの質の更なる向 上、就労環境の改善、そして、究極的には財政の負担低減を目指すことも重要である。 なお、e-commerce やSNSなどのサイバースペースでほぼ完結するタイプのサービ ス産業については、今後の検討課題である。 戦略目標3 我が国で、「多様性を内包した持続可能な社会」を実現するための一連の技術体系が 確立され、それらを運用するための仕組みが実現されること。 2 医療、農業、素材、物流、製造設備など、物理的実世界(Physical Real World)において何らかの価値を提供する産業の総称。SNS や 検索サービスなどと対比して、サイバースペース内で完結することがなく、人、自然、ハードウェアなどとの相互作用を通じて初めて価値 が生み出されることを特徴とする。 3 主要国の 2019 年の名目労働生産性(時間当たり):米国 71.6 ドル、ドイツ 66.7 ドル、英国 59.8 ドル、日本 47.6 ドル(いずれも 2015 年ドルベースで実質化した、購買力平価換算)(出典:https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/shin_kijuku/pdf/001_05_00.pdf) 7 女性、外国人、高齢者など、多様な背景を有する多様な人々が、多様なライフスタ イルを実現しつつ、社会に十分に参加できるようになることが極めて重要である。A I関連の多様な技術体系の確立とそれを活用するための社会の制度・仕組み作りを進 め、国民一人一人が、具体的にAIの便益を受けることができることを目指す。 また、この戦略目標は、日本国内のみを想定したものではなく、SDGs達成へ貢 献するため、地球規模でこれを推進する前提で実行に向けた計画を策定することが重 要である。 戦略目標4 我が国がリーダーシップを取って、AI分野の国際的な研究・教育・社会基盤ネット ワークを構築し、AIの研究開発、人材育成、SDGsの達成などを加速すること。 経済・社会のグローバル化が急速に進む中、AI関連の人材育成・確保や産業展開 などについては、決して国内で完結することはなく、常に国際的視点を有しなければ ならない。例えば、人材育成・確保では、海外の研究者・エンジニアが日本国内で活 躍できる場を数多く提供するとともに、我が国と海外との共同研究開発・共同事業を 増大させる必要がある。 このため、北米・欧州地域の研究・教育機関、企業との連携強化に加え、今後の成 長が見込まれる、ASEAN、インド、中東、アフリカ等との連携を本格化し、当該 地域のAI研究・実用化の促進に貢献する。これを実現するには、AI研究開発ネッ トワークの中核センターなどが、各々の重点領域において、どの領域で世界一の研究 を行うのか、また、創発的研究において、どのように人材やテーマの多様性など国際 的に人材をひきつけるかの方策を明確にする必要がある。 また、健康・医療・介護や農業、スマートシティなどの領域においても、人材、デ ータ、市場の面で、相互にメリットを有する規模感の国際的連携・協力を目指す。 8 7.官民の役割分担 本戦略の実現には、官民の一体的取組が不可欠である。このうち国は、以下のような取 組を行うことにより、今後の新たな社会(Society 5.0)作りのための環境を整備し、民間 が行う、生産性の向上、多様な価値の創造、スタートアップ企業群の創出や、それらを通 じた産業構造のたゆみなき刷新をサポートする。 戦略の策定と、それを実現するためのロードマップの策定 制度的・政策的障害の迅速な除去 マルチステークホルダー間での課題解決のためのネットワークの構築 国内外を包含した人材育成 社会構造変革及び国家存続のための社会実装 基盤的な研究開発、次世代の基礎研究 AI利活用の加速に向けた、共通的な環境整備 倫理、国内・国際的なガバナンス体制の形成 「グローバル・ネットワーク」のハブ作り 他方、民間セクターは、本戦略の趣旨をしっかりと理解したうえで、AI社会原則を遵 守し、優秀な人材に対する国際的競争力のある報酬体系の導入を図りつつ、AI技術の社 会実装の出口として実現に向けた一層の努力とともに、他国・地域との国際連携や、多様 なステークホルダーとの協働を推進する必要がある。そして、未来を共創するために、大 きなチャレンジを行う主体としての自覚を持ち、今後の経済・社会の発展に積極的に貢献 していくことが求められる。 9 第二部 差し迫った危機への対処 1.我が国を取り巻く環境 戦略目標0が目指す災害など国家危機への対応基盤づくりは、自然災害大国である我が 国では非常に重要な課題である。同時に、地球規模でのサステナビリティを実現していく 必要がある。そして、この両者を達成していくためには、AIとデジタル化を推進し、そ の障壁を取り除いていく必要がある。ここでは、戦略目標0を掲げ、これを軸とした戦略 構築を目指す背景状況について詳述する。 (1)日本の「今そこにある危機」--- National Resilience 確立の必要性 現在の日本は、新型コロナウイルス感染症のまん延が続く中、首都直下地震、南海ト ラフ地震などの大規模地震や富士山なども含む大規模火山噴火、気候変動等の影響によ り激甚化・頻発化する大雨などの大規模災害のリスクにさらされている。また、自然災 害自体が避けられないものである以上、その被害の最小化に尽力することは当然ながら、 その後の日本の復興をどうするかという大きな課題もある。 さらに、新型コロナウイルス感染症のエンデミック化により変貌する医療システムへ の負担と同時に、コロナウイルスの変異種のみならず鳥インフルエンザなどによる新た なパンデミックリスクも低減されているわけではない。気候変動や生物多様性の喪失に 連動し 、パンデミックリスクは今後さらに増大すると想定する必要がある 。 同時に、人口減少と高齢化により急激に縮小する国内市場と労働人口、財政の極端な 悪化という内在的要因もあり、国としての体力が奪われている状態にある。さらに、デ ジタル化やAI化の遅れなど、大きな変化への対応が決定的に遅れていると言わざるを 得ない 。また、地政学的なリスクについての危惧もある。これは災害のような急激な変 化ではないが、危機的な状態へと至る蓋然性が高いという意味では有事であり真剣かつ 早急な対応が必要である。残念ながらこれが我が国の「今そこにある危機」であり、「約 束された未来」である。 これらの課題は、AIだけで克服できるものではない。しかし、AIも含め現在の日 本の総力を挙げて対応するべき課題であり、これまでの閉塞を破る起爆剤として大きく 10 活用すべきである。特に、国家としての体力が奪われつつある局面での、大規模災害は 深刻な事態となり、これに対する対策は最重要課題でもある。同時に、我が国は、度重 なる大規模災害を克服してきた歴史もある。実際、南海トラフ沿いの地震は繰り返し発 生しており、安政年間に発生した際には大災害を引き起こし、日本は江戸幕府の終焉か ら明治維新という歴史的転換点を迎えた。次のサイクルは太平洋戦争末期であり、日本 は終戦から高度経済成長時代を迎えるに至った。このような歴史的俯瞰から、我々は、 現在の地殻変動サイクルにしっかりした対応をすると同時に、その後に訪れる日本の姿 を構想する戦略を打ち立てる必要がある。この「約束された未来」に対し、希望を生み 出すための取組は、人類が力を合わせて初めて実現するものであるとともに、今後の社 会に変化をもたらす起爆剤ともなりうるものであり、また日本が日本らしい世界への貢 献ができる切り口である。 (2)世界規模の危機が進行している --- Planetary Resilience 構築へのリーダーシッ プの発揮 同時に、地球規模の危機が進行し、日々その対応の緊急性が高まっている。不可逆的 気候遷移(Climate Departure)が予測され4、その影響は風水害の苛烈化、パンデミック リスクの上昇、食糧危機、水資源の枯渇などへと直結すると考えられ、その先にあるの は、さらなる格差の増大、貧困、飢餓、政治的不安定性の増大と地域紛争の多発である。 この惑星のサステナビリティは、ホリスティックな問題であり、カーボンニュートラ ルの達成だけで解決されるわけではない。我が国のムーンショット型研究開発制度のビ ジョナリー会議においても議論されたように、極めて広範な課題の解決が必要となる 5。 同時に、新型コロナウイルス感染症の影響による 2020 年前半の世界的なロックダウン による極めて激烈な経済活動の低下において も十分な環境負荷の改善は生じなかった という極めて衝撃的な研究も発表されている 6。これは、単に経済活動の縮小や効率化な 4 Mora, C., et al, “The projected timing of climate departure from recent variability”, Nature 502, 183-187, 2013. 5 「ムーンショット型研究開発制度が目指す未来像及びその実現に向けた野心的な目標について」第四回ムーンショット型研究開発に係る ビジョナリー会議、2019 (https://www.kantei.go.jp/jp/singi/moonshot/dai4/siryo1.pdf) 6 Le Quere, C., et al., “Temporary reduction in daily global CO2 emissions during the COVID-19 forced confinement”, Nature Climate Change 10, 647-653, 2020. 11 どの手法ではなく、根本的な社会構造や産業 構造の転換が必要であることを示してい る 7。 これらの問題を解決する方策の多くは、新しく、おそらく過激な発想による社会と産 業構造の転換とそれを可能とする一連の技術 的ブレークスルーによって成し遂げられ ると考えられる。日本は、豊穣なるも厳しい自然環境と安心・安全に大きな価値を見出 し、自然との調和を大切にしてきた国でもある。AIをはじめとする一連の技術的革新 と社会・産業の構造変革を成し遂げるという意志を明確にし、その世界的なリーダーシ ップをとっていくという方針で、旗色を鮮明にするべきであろう。これは、地球規模の 問題の解決への大きな貢献と同時に大きな産業創成の機会でもあり、日本の発展と国際 的な地位の向上に大きく貢献すると考えられる。 (3)AIとデジタル化に伴う脆弱性の克服 --- Cybernetic Resilience としての Responsible AI の確立とサイバーセキュリティの強化 National Resilience と Planetary Resilience の達成は、あらゆる手立てを講じて対 処するべき課題であり、中でもAIとデジタル化は、その実現に不可欠であり、その中 核の一部を担うものであることも事実である。それは、デジタル空間により多くの情報 が蓄積、流通され、AIなどを用いた解析から多くの価値を持った情報が生成されるこ とを意味する。このAIとデジタル化によって形成される社会基盤が、公平性・透明性 があり、責任ある形で運用され、安全であることが極めて重要である。これがAIとデ ジタル化の普及の大前提であり、信頼されるかたちで国境を越えたデータフローを実現 する基本である。このような技術は、我が国の情報基盤の信頼性を担保するものであり、 高品質と安心・安全という競争上の利点も生み出すと考えられる。 これらの課題は、その克服には大きな社会と産業の変革と技術的ブレークスルーを伴 うものであるが、それは、大きな事業機会を生み出す機会でもある。つまり、我々が抱 えている大きな危機を、最大のチャンスに転換する戦略を構築し、迅速に実施するとい うのが、戦略目標0の意図である。同時に、この戦略が我が国の産業競争力の向上を支 えるために国が行うべき政策そのものになることを意図している。 7 Forster, P., et al., “Current and future global climate impacts resulting from COVID-19”, Nature Climate Change 10, 913- 919, 2020. 12 2.戦略目標0を軸としたアクションプラン AI戦略 2022 における戦略目標0を軸とした戦略の実現のためには、次の行動方針を 実現する具体策を策定し実行する必要がある。 (1)AI for National Resilience の確立 大規模災害などに対する Resilience の最大化と復興プランの策定。災害の予測・予 防・対応・復旧の各段階の最大限の対策をAIとその周辺技術で支援し、従来では不可 能であった対策を実現する。これには、最大速度でのデジタル化・AI化さらには極め てロバストな社会システムへの転換が必要となる。また、復興と新しい日本の姿を描い た準備を加速する必要がある。このためには、「国土強靱化基本計画(平成 30 年 12 月 閣議決定)」も踏まえつつ、物理的にも情報的にも戦略的バッファーを構築する必要があ る。 大目標 「国家強靭化のためのAI」の確立 ①デジタル・ツインの構築による国家強靭化 AIを防災や減災に利用しようとする研究は多く見られるが、さらにそれらを活用 し災害の予測・予防・対応・復旧・復興という一連の流れを統合的にサポートできる 基盤としてデジタル・ツインの構築が重要である。デジタル・防災技術ワーキンググ ループ未来構想チームの提言 8は、デジタル技術を利用した防災・減災のオプションが 提示されている。災害への対応は、平時から推進するべきものであるが、その一つ が、デジタル・ツインの構築である。これは防災の観点以外にも我が国の公共基盤の デジタル化を促進する側面もある。基幹インフラのAI化の前提は徹底したデジタル 化であり、デジタル・防災技術ワーキンググループ未来構想チームの提言を実行する 8 http://www.bousai.go.jp/kaigirep/teigen/pdf/teigen_03.pdf 13 ことが大前提となる9。デジタル・ツインは、単にサイバースペースに閉じるのではな く、ロボティックスやセンサーと連動し、実空間とのハイブリッド化が進むと考えら れる。 デジタル・ツインは、災害対策のみならず、国の行政の基盤となるだけではなく、 民間サービスの効率化や新規サービスを生み出すプラットフォームや柔軟なライフ スタイルを実現する仕組みともなり得る。デジタル・ツインを都市計画・運用や広範 な事業へと応用する試みは、シンガポールなどで行われており 10、それらのイニシア ティブとの連携も重要である。 デジタル・ツインの実現により、中央並びに地方自治体など行政機関のデジタル化 が促進されると同時に、デジタル化により柔軟なワークスタイル・ライフスタイルの 実現が可能となる。これは、居住地やオフィス立地の選択に大きな自由度を与えるも のであり、震災リスクの少ない地域への移住や多拠点生活、開疎化されたコミュニテ ィーの形成への道を開く。デジタル化・AI化の目的は、単に生活の便利さや事業機 会の増大にとどまらず、むしろその本質は、多様性の内包とサステナビリティの実現 と捉えるべきであり、災害に対してのレジリエントな社会の実現と多様性の内包、サ ステナビリティの向上は同時に実現できると考える。 また、災害対応に類する取組、例えば武力攻撃事態等における国民の保護等におい ても、デジタル・ツインの活用が期待されることにも留意が必要である。 具体目標 AIによる利活用の基礎となるデジタル・ツインの構築 9 デジタル・ツインは、例えば、災害時の運用としては、部門・レイヤに分かれた以下の事象をそれぞれ連動してシミュレートできるよう に、また発災時に刻一刻と変わる状況を反映でき、近未来の課題を把握し、打ち手の効果を可視化するモデルとするべきである。連動すべ き事象は、1)気象地象のシミュレーション、2)決壊・土砂崩れなどの地表への被害予測、3)発災直後の人流と所在状況の予測、4) 消防・警察・自衛隊および同盟軍のスクランブル的救出の予測とボトルネック把握、5)電気・上下水道・道・ごみ処理など基幹インフラ への被害の広がりと復旧状況把握、6)避難場所の把握と避難・対応状況の把握、7)食料・必要物資の供給状況とボトルネック把握、 8)政府・自治体の連携とガバナンス状況・トラブル・ボトルネックの把握である。この実現には、刻一刻と変化する空間に関する多様な 情報のリアルタイム性の高い反映と統合、レイヤ別の予測だけでなく、レイヤ内でも組織が分かれた救助・インフラ部門を総合した変化の 予測、レイヤ間のフィードバック、柔軟なモデルの改変と反映能力の構築、これらを支える分散的な情報処理インフラ、天災時でも落ちな い通信・電力を含めたセンシング機能、実現を支える技術・人的リソースの強化が必須である。 10 Virtual Singapore, National Research Foundation (https://www.nrf.gov.sg/programmes/virtual-singapore) / Energy Market Authority of Singapore, “Singapore’s First Digital Twin for National Power Grid,” 27 Oct. 2021 (https://www.ema.gov.sg/media_release.aspx?news_sid=20211023u4Natua5xC8b) 14 ②グローバル・ネットワークの強化による National Resilience の確立 Resilience 確立の重要性は、国内での対策に閉じたものではない。日本国内での大 規模災害や急激な市場・労働力の縮小に対応するには、国外の状況変化にも対応でき る BCP とサプライチェーン擾乱への対応が必要である。これは、国内・国外のいずれ かで大規模災害が起きた際にもサプライチェーンが維持され、事業と生活が継続され る体制が効率的に構築されることを意味する。 同時に、少子高齢化によって縮小する可能性が高い国内市場から、より大きな市場 との連携を強めることによって、より大きな可能性を追求し、企業のレジリエンス、 ひいては日本のレジリエンスを向上させる。また急速な高齢化は、専門性の高い人材 の知見の継承や職人技の伝承の機会が急速に失われつつあることも意味している。急 速な高齢化と人口減少は、日本だけの問題ではなく、多くの国で早晩直面する問題で もある。 国や自治体など公共セクターが、民間企業のグローバル市場への迅速な展開を支援 する基盤と制度の構築を加速化する必要がある。例えば、日本のデジタルデータプラ ットフォームを、India Stack などのデータプラットフォームとのインターオペラビ リティーを確立することで、大きな市場でのアクセスと事業スケールの拡大を支援す ることができる 11。 これは日本国内で開発されたサービスやプロダクトを海外に展開するということの みならず、開発や事業化の拠点が国内はもとより海外にも分散されバックアップの機 能も有するということを意味する。政府は、グローバル市場に展開できる基盤・制 度・プレーヤーを迅速に立ち上げ、効率的なレジリエンス強化対応支援をする必要が ある。また、このような政策は、幅広い企業のグローバル展開に資するものとなる。 例えば、農業セクターを例にとるならば、農業関係の統合データプラットフォームで ある WAGRI 12を国内のみならずに海外に展開することで、より広範なデータの蓄積と日 本の海外での農業事業への支援となる可能性がある。これにトレーサビリティーを確 保するプラットフォームを連動させ、さらにコールドチェーンなどの物流システムの 展開などで高品位なサービスやプロダクトのシステムとしての展開が期待できる。実 11 India Stack (https://indiastack.org/) 12 https://www.naro.go.jp/event/files/wagri_sympo_doc7.pdf 15 際に、スマートフードチェーンプラットフォームの開発が進められており実装展開が 行われる予定である。このような世界市場を俯瞰した展開の上にハーベストループを 構築することが重要である。同時に、このようなシステムの構築と運用が国内・国外 での有事への対応能力を高めることが期待される。このような先導的な役割を期待で きるプロジェクト群を立ち上げることが重要である。 この際に、単にサービスやプロダクトを展開するだけではなく、そこで蓄積された データはさらに価値を生み、そこからより大きな価値を生むことができるデータの集 積につながる、ダブル・ハーベストループを構築することが重要である 13。このような ループを核とした「弾み車」(Flywheel)をプロセスとして構想し、迅速に実装してい くことが極めて重要である14。 なお、連携の相手先となる国については、複雑化する現下の国際情勢に鑑みて、適 切に選定することが求められる。 具体目標 国内データ基盤の国際的連携による「データ経済圏」の構築など、民間企業のグ ローバル展開を支援する基盤の構築 (2)AI for Planetary Resilience(地球強靭化のためのAI)でのリーダーシップの 確立 地球環境問題をはじめとするサステナビリティの課題に大きく貢献する技術、プラッ トフォーム、行動計画を作成し実施する。例えば、農業分野における生物多様性への負 荷を低減させ、環境負荷軽減と経済合理性を両立させる手法の開発や、流通、データ蓄 積と解析を行うことによる、レジリエントでサステイナブルな食糧供給などは、地球環 境問題と食糧問題を同時に改善させる可能性がある。AIの領域では、AI for Goods と いう旗印のもとで、AIをサステナビリティなどの領域に応用し、社会に貢献すること も必要である 15。主要企業や大学が、AI for Good を旗頭にその研究や実装を進めている 13 堀田創、尾原和啓、「ダブルハーベスト – 勝ち続ける仕組みを作るAI時代の戦略デザイン」 、ダイヤモンド社、2021 14 ジム・コリンズ「ビジョナリー・カンパニー 弾み車の法則」日経 BP、2020 15 AI for Good, https://aiforgood.itu.int/ 16 ことが活発化している。エネルギー、モビリティー、ヘルスケア、食糧など多くの領域 においてサステナビリティの文脈におけるAIの応用が期待されている。 例えば、既に議論した食糧分野では、世界的な食糧供給の不安定さにどのように貢献 をするのかが問われる。再生可能エネルギーが安定的かつ効率的に供給されるには、グ リッド制御、発電と需要の予測とモビリティーなどの領域と連動した需要の平滑化など が必要となるであろう。医療アクセスの改善や個別化医療のためのテレメディシンやA I診断支援、教育へのアクセス拡大と個別支援、途上国での利用も含めた洪水などの災 害予測、経済活動全体の資源循環化 16を可能とする技術など多くの領域でAIへの期待 は大きい。 また新型コロナウイルス感染症によって加速した働き方やライフスタイルの変化は、 都市の役割とあるべき姿を再定義する触媒ともなり得る。世界的に急速な都市化が進行 しており、2030 年には世界人口の 60%が、2050 年には 70%が都市に居住し、世界の GDP の 80%を算出すると予測されている。また二酸化炭素放出の 75%は、都市に起因する ものと推計されている 17。新型コロナウイルス感染症の影響で、都市以外への居住や2 拠点居住などが増えることが予想されるが、その効率性などから都市化傾向が逆転する とは思われない。都市は経済活動の極めて効率的な集積が可能になると同時に、大規模 災害なども含む多くのリスクも包含する。また、都市から生み出される GDP の 44%は、 生物多様性や自然環境の損失によって深刻な影響をうけると予測されている 18。災害や パンデミックに対してレジリエントな都市の構成と運用技術は、多くの地域に恩恵をも たらすであろう。同時に、都市に多様性を内包させることも重要であるが 19、これをレジ リエンスと両立させることは多くの可能性を生み出すと思われる20。2021 年2月には、 英国が生物多様性と経済の両立を目指し Inclusive Wealth と Ecosystem Services の概 念を中核においた Dasgupta Review を公表し 21、2022 年 1 月には World Economic Forum が、都市における生物多様性の重要性を提唱 する報告書を発表したことは注目に値す 16 Lacy, P. and Rutqvist, J., Waste to Wealth: The Circular Economy Advantage, Palgrave Macmillan, 2015. 17 UN Environmental Programme, Cities and Climate Change, 2020. 18 2019 年の GDP ベースで、31 Trilion USD が、環境リスクに晒されているとの試算。World Economic Forum, BiodiverCities by 2030: Transforming Cities’ Relationship with Nature, World Economic Forum, January 2022. 19 Jacobs, J, The Death and Life of Great American Cities, The Random House Publishing Group, 1961. 20 Hass, T. and Westlund, H. (eds.), In The Post-Urban World: Emergent Transformation of Cities and Regions in the Innovative Global Economy, Routledge, 2018. 21 Dasgupta, P., The Economics of Biodiversity: The Dasgupta Review, HM Treasury, London, 2021. 17 る 22。また、一見、都市とは対極的な「開疎化されたコミュニティー」においても同様 な課題は存在する。人間社会の活動に通底する資源要求、大気中及び河川・海への排出 物なども含めた環境負荷、さらには基本的社会基盤への要求は共通している。単なる環 境負荷の低減ではなく、都市活動における資源などの循環化 23、さらには我々の社会を 支える活動自体が環境を改善する仕掛けが必要であり、WEF の報告書では Nature- Positive と表現されている。そこでは都市を一つの生命体とみなして Nature-based Solutions (NbS:自然を活用した解決策)などの概念を提示している。 この概念自体は、 今の段階では抽象的であるが、我々の経済・社会活動は、自然と調和するのみならず、 生物多様性の増大や自然の再生に寄与するよ うなパラダイムシフトが求められること は確かであろう。これは地球規模のテラフォーメーション技術の開発と実装と言っても 過言ではない。これはAIだけで実現するわけではないが、AIは、それを実現する重 要なコア技術となりえる。日本はこの分野でのリーダーシップをとり AI for Nature- Positive Economy を確立する戦略を推進する中で、独自の強みを磨くとともに、世界的 に希望の持ちづらい状況を打破する大いなる触媒的な存在を目指すべきである。 大目標 「地球強靭化のためのAI」でのリーダーシップの確立 具体目標 地球環境問題などのサステナビリティ(持続可能性)領域におけるAIの応用 (3)Resilient and Responsible AI でのリーダーシップの確立 徹底的なデジタル化とAIによる高機能化と同時に進めるべきなのは、Resilient で あり、高品位かつ安心・安全なAIを開発 し展開する基盤である。最重要課題は Responsible AI とサイバーセキュリティの強化に立脚した Resilient AI である。 22 World Economic Forum, BioDiverCities by 2030: Transforming Cities’ Relationship with Nature, World Economic Forum, January 2022. 23 World Economic Forum, Urban Transformation: Integrated Energy Solutions, World Economic Forum, September 2021. 18 Responsible AI を実現することは、デジタル化を進める上で必ず担保していくべき要 件である。そのためには、説明可能なAI(Explainable AI, XAI)やプライバシーや機 密情報を保護しながら学習可能な連合学習(Federated Learning)など一連の技術の一層 の研究開発・社会実装の推進とプラットフォーム化、およびその運用におけるリーダー シップが重要となる。さらに、安全保障上の要件からこれらのプラットフォームが、高 度なサイバーセキュリティ技術で堅牢化されていることが前提となる。日本のAI関連 サービスが、高品質であり、信頼性が高く、安心・安全であるということは、国内にお ける普及のみならず、広く世界中での展開においても有利である。この分野でのリーダ ーシップの確立が重要となる。 これら Responsible AI に関する一連の技術の研究開発・社会実装の推進とそのプラ ットフォーム化は、大規模災害対策としてのデジタル・ツイン構築のみならず、公共セ グメントのデータや API を活用した新規事業の創出にも貢献するとともに、国際的に、 日本のAIの品質の高さと安心・安全性を訴える基盤となり、Resilient AI の実現にも 資する。具体的には、(1)②で議論したように、国際的なネットワークを展開しなが らAIや機械学習を利用したサービスを実現する場合、複数の国にわたる大規模なデー タセットからの機械学習を前提とした個人情報保護を尊重した連合学習(Federated Learning)などの技術開発と適切な運用を実現する必要がある。これは Cyber Attack や Privacy などの問題にも対応できる Resilient なAIともいえる。さらに、我々が (2)で議論したような AI for Planetary Resilience の分野でのリーダーシップをと っていく場合にも必須の要件である。その中で、都市の作り出す問題の解決には、徹底 したデジタル化とAIの導入が想定できるが、それは即ちそれらのシステムに関わる何 らかのトラブルに対して都市機能がより大きな脆弱性を内包することを意味する 24。基 本的なアーキテクチャと Resilience の設計の重要さはより大きくなるであろう。これ は、都市以外の問題に関しても同様で、地球規模のAIシステムの導入と運用を守り、 維持することができる堅牢性とそのシステムの信頼性を維持することできる Responsible AI の実現が必須である。 なお、AIの信頼性の向上のための取組(Security for AI)に加え、サイバー空間 におけるセキュリティ対策の高度化のためにAIを活用すること(AI for Security) 24 Kitano, H., “Building Cities to Withstand the Worst,” Pour La Science (Innovation Special Issue), January, 36-38, 2015. 19 も重要である。年々、複雑化・巧妙化する攻撃や、システムの複雑化に伴って増加する 脆弱性のリスクへの対処に向けては、サイバーセキュリティの分析官の判断を助けるた めの情報収集、分析、支援機能や防御の自動化のためのAIなど、AIの利活用を積極 的に検討するべきである。 大目標 「強靭かつ責任あるAI」でのリーダーシップの確立 具体目標 「説明可能なAI」(Explainable AI)など「責任あるAI」(Responsible AI)の実現に向けた取組 信頼性の向上につながる、サイバーセキュリティとAIの融合領域の技術開 発等を推進 3.戦略目標群の連動と方向性の一致 これらの戦略目標0としてのアクションと同時に、既存の戦略目標との連動性も重要で あり、既に一定の進捗が見られる戦略目標1から4に関しても、戦略目標0の設定意図と のアライメントが望ましい。例えば、戦略目標1と4に関する追加アクションとして、多 くの日本人学生の海外留学と多くの留学生受け入れを実現する具体的政策の策定と実施が 望まれる。特に、戦略目標0の National Resilience 及び Planetary Resilience を実現 するには、単に、AIやデータサイエンスを深く理解しているだけではなく地球を俯瞰し た発想ができる人材と多様性を持ったチームの形成が必須である。また、戦略目標2の 「実世界産業におけるAI応用でのトップ・ランナー」と戦略目標3の「多様性を内包し た社会の実現」は、現在の計画を加速すると同時に、戦略目標0において提示された方向 性と連動させることで、より効果の高いものに強化できると考える。 このようにAI戦略 2022 では、戦略目標0を設定し、それを軸に、有機的に一連の実 行方針を実現することでレジリエンス、多様性の内包、サステナビリティとグローバルス ケールでの事業機会の創出という複数の成果を実現することを意図するものである。 20 AI戦略 2022 は、日本と世界が直面する危機を正面から捉え、日本がその問題克服の リーダーとなることを明確に志向している。その解決の多くはグランドチャレンジに属す るスケールである。しかし、多くの真のイノベーションはそのようなチャレンジから生み 出されている。AI戦略 2022 は、そこに日本の将来の姿を見いだしている。 21 第三部 社会実装の推進 1.社会実装をめぐる背景 私たちの社会経済や国民生活において、AIの実装を進め、AIを効果的に利活用し、 それによる利益を享受するためには、まずは今、社会的な常識と考えられている思い込み を捨てることが必要である。 我が国では、多くの場合、AIは人の仕事を代替し、コストや労力を削減するために利 用するものとして認識されている。確かにそのような見方をすることはできる。しかし、 多くの人がそうした一面的な認識にとらわれるがゆえに、たとえ一部の企業や研究機関が 技術的に優れたAIを開発しても、私たちの職場や日常生活では、AIが思ったように利 活用されることはない。 米国など、他の先進国がいち早くAIにより変貌を遂げているというのに、私たちの多 くはそうした変化に気づかないか、たとえ気づくことがあっても、単に私たちの独特な社 会の仕組みや慣習の非効率を嘆くだけであったり、例えば「やがて日本なら追いつくこと ができるに違いない」などといった根拠のない楽観的な見方にすがって見て見ぬふりをし たりしているのではないか。しかし、私たちの社会がそのような状況である限り、AIが 社会の基盤技術となるこれからの時代において、日本がかつてのような経済大国としての 活力を取り戻すことは容易ではない。おそらく、現在のような社会システムのままでは、 社会の基盤としてAIを効果的に利活用していくことはできず、長く他国の後塵を拝して いくことになってしまうだろう。 私たちは正に社会を変革すべき今日に生きている。これまでのサイバー空間の開拓プロ セスともいうべきDXにおいては、米国が大きく成長している反面、日本は世界的競争の 中で優位を占めることができなかった。今後、現実空間(フィジカル空間)とサイバー空 間の融合領域に主戦場が移り、DXの二回戦ともいうべき状況に差し掛かってくる。日本 がフィジカル空間での強みを生かしたAIの実装を進め、社会を変革することで、「勝ち 筋」が見えてくる。 これからわずか数年の取組によって、DXの後に到来するであろう「アフター・デジタ ル」の時代での日本の国力にきっと大きな差異が生じていくに違いない。今の私たちに必 22 要なのは、AIについて先進的な国と日本の違いがどこにあるのか、何に取り組むことで 我が国においてAIの実装が進展するかを理解し、私たちの社会経済や国民生活を将来に わたって豊かなものとするための取組を進めることである。 2.社会実装の推進に臨む姿勢 日本においてAIの実装を進めるためには、社会のデジタル化は当然のこととして、A Iに関する次のような思い込みを捨てることが必要である。 ①“AIは人の仕事を代替する”⇒“AIは人と協調する” AIの精度が人を凌駕するような場合や、多少の間違いを許容してでも人による作業 量を削減すべきような場合には、AIは人の仕事を代替すべきだろう。 しかし、私たちが日常的に行っている仕事や作業の多くは、非常に広範な情報に基づ く判断を必要とし、あるいはわずかの間違いも許容されない(例えば、外科手術で患者 の命を失うような間違いは許容されない。)ようにシビアなものである。このため、人 の仕事を完全に代替し、人が金輪際関わらないことがAIの実装であるという認識でい る限り、AIを効果的に利活用できる場面はごく限られてしまい、社会実装はなかなか 進まなくなってしまう。 つまり、AIを効果的に利活用し、多種多様な仕事を効率的に処理するためには、 「AIは人の仕事を代替する」という思い込みを捨てることが必要である。たいていの 場合、AIは人を助け、人を支援する存在である。人は、AIと協調していくことで、 労力を最小化し、利益を最大化することが可能となる。 ②“技術者だけがAIを深く理解できる”⇒“ビジネスケースからAIは理解できる” 視野が日本の国内にとどまっている限りでは気づかないことだが、世界的には、ほと んどあらゆる分野でAI利活用方策の探索が進んでいる。多くのスタートアップ企業が 乱立し、様々な分野においてAIによる画期的なビジネスモデルを構築したユニコーン 企業が存在している。 23 AIを利活用しようかと検討する際に、「技術者だけがAIを深く理解できる」との 思い込みの下、AIのシステムを構築できるような技術者を必要条件のように考えてし まうのは妥当ではない。 実際には、そのような技術者がいなくとも、他の多くの事例からAIの製品やサービ スの活用によって何がどの程度の水準で処理されるのかといったことを理解することは 可能である。 なお、AIにより新たなビジネスモデルを構築しようとする場合、必ずしも自らがA Iを開発することは必須ではない。既存のAIを入手し、又はAIを含む既存のビジネ スモデルの中から有用な要素を取り入れて、他の部分で差別化をするといったことも一 つの有効な手法である。AIを深く理解した技術者がいなくとも、AIを利活用してい くことは可能である。 ③“データが全て”⇒“ループの形成が重要” AIは、データをアルゴリズムによって学習又は処理するものである。 このため、ややもすると「データが全て」であると言わんばかりに、AIの利活用に おいては膨大なデータを持っていなければ勝てないとの思い込みがある。データは確か に重要であるが、デジタル化された状況においてはサービスの提供を通じてデータを取 得し、AIの強化、ひいてはサービスの向上につなげる手段も有効である。 このため、データは重要ではあるけれども、それ以上に重要であるのは、サービス等 の構築や提供の際に、AIを強化するデータ収集等を行うような持続的なサイクル(ル ープ)を形成するように配慮することである。 3.AIの社会実装の推進に向けた取組 AIの社会実装を推進し、大きな利益の創出につなげるためには、画像認識、自然言語 処理等での広範かつ効果的な活用が期待されるディープラーニングを重要分野として位置 づけ、企業による実装を念頭に置きつつ、次のように取り組むことが必要である。 24 (1)AIのブラックボックス性の打破と不安の払しょく AIの社会実装の阻害要因の一つとして、「AIの信頼性に対する不安」が挙げられ る。 例えば、AIに対して人を代替する機能を期待する場合、実際にはそのような高信頼 なAIの構築・入手が容易でないことは普通である。このため、その信頼性に対する不 安が生じ、AIの利活用がためらわれてしまうということが起きる。 AIに対してそこまでの機能を求めず、ある程度の不完全性を許容できる場合であっ ても、AIの処理がいわゆるブラックボックスとなっていて、AIによる処理の根拠を 人が理解できないときには、その結果の妥当性も検証できない。例えば、個人の人種や ジェンダーに関する不適切なバイアスの影響を受けているかもしれないという危惧があ れば、やはりAIを信頼することはできない。 セキュリティ上のリスクも存在する。個人情報など、保護すべきデータをAIで処理 する場合に、その処理についての信頼性が確保できるかどうかという不安を持たれるこ ともある。また、近年では、AIの学習プロセスにおいて意図的に不正なデータを入力 することにより、AI自体が攻撃対象となるリスクも認識されている。 このための解決策は複数存在する。もちろん、AIそのものの技術的な改善によって AIの精度を上げることは、一つの選択肢である。そのほか、AIの処理の透明性や説 明性を高めることでAIのブラックボックス性を打破する Explainable AI(XAI)に関 する取組や、サイバーセキュリティとAIの融合領域の技術開発により、AIの信頼性 を向上させていくことが必要である。その他、AIのELSIに関する取組、例えばA Iの構築に際してそもそも倫理等に配慮した設計を行うことや、AI利活用のサイクル における監査などを通じて、「責任あるAI」(Responsible AI)を実現する努力も期 待される。 大目標 AIの信頼性の向上 25 具体目標 「説明可能なAI」(Explainable AI)など「責任あるAI」(Responsible AI)の実現に向けた取組(再掲) 信頼性の向上につながる、サイバーセキュリティとAIの融合領域の技術 開発等の推進(再掲) (2)AIの適用領域の拡大 AIは、アルゴリズムと計算資源に加え、学習や処理の対象となるデータによって実 現される。データは、AIの利活用の前提となると同時に、AIによる製品やサービス を差別化するうえでの大きな要素でもある。 AIの学習や処理の対象となるデータが存在する領域は、潜在的にAIを適用しうる 領域であると考えられる。特に、これから現実空間とサイバー空間の融合領域において AIの利活用が活発になっていくであろうことを踏まえれば、いち早く現実空間におけ る様々な事物や各種の指標をデータとして取り込み、AIの適用領域を拡大していくこ とが必要である。 また、学習対象となるデータに不適切な偏りや欠損・不足などがあった場合、AIの 精度は劣化し、機能が不十分となってしまう。逆に言えば、高品位かつ広範囲なデータ は、優れたAIによる製品やサービスの創出につながる。我が国には、分野ごとに相当 程度の高品位データの蓄積があることから、これらをAIに適したかたちで連携・変換 すること等により、AIの利活用を支えるデータの充実に取り組むべきである。 なお、優れたデータ基盤については、海外との連携等にも積極的に取り組んでいくこ とで、我が国を中心とした「データ経済圏」を構築していくことが期待される。 大目標 AI利活用を支えるデータの充実 26 具体目標 AIによる利活用の基礎となるデジタル・ツインの構築(再掲) AIの利活用を促進する研究データ基盤、臨床データ基盤等の改善 秘匿データの効果的な利用につながる、サイバーセキュリティとAIの融 合領域の技術開発等の推進 (3)AIをめぐる人材や技術情報、データ取扱いルール等に関する追加的取組 AIについて先進的な米国などの他国に比べて、我が国ではAIの利活用を支える関 連人材が不十分となっている。すでに教育改革などにおいて、リテラシーの向上に向け ては様々な方策が取り組まれているところである。しかし、AIそのものの研究開発に 携わるような高度な研究人材等の確保に向けては、なお追加的な取組が必要である。 AI分野の高度人材の育成では、特に米国のように、世界中から意欲溢れる優秀な人 材が集合する環境において、最先端の研究に触れ、切磋琢磨の機会を得ることが有効で なる。しかしながら、近年、留学に必要な資金、語学力などが障壁となっていることも あり、我が国では学生等の内向き志向が強まっているように見受けられる。このため、 AI分野における人材の国際的頭脳循環を高めるための更なる取組強化が望まれる。 また、AIに関する研究開発に取り組むにあたっては、特に優秀で十分な人材を確保 できないことが支障となる場合も多い一方、優秀な人材が研究開発を大きく進展させる ことから、研究費を活用して博士課程学生などを迎え入れ参画させることも期待され る。なお、そうした際に支出するリサーチアシスタント経費の額の設定にあたっては、 学術分野によらない画一的な給与水準に従うのではなく、関連業界の実情を踏まえ、優 秀な人材を惹きつける大胆で柔軟な設定が望まれる。 一方で、我が国の民間企業による実装を促すためには、国研等が保有する技術情報の 積極的な提供や、スタートアップ創出その他企業活動に直結する実践型の人材育成によ る新技術の橋渡しの加速等、実践における試行錯誤が活発に行われるような取組も重要 である。 その他、AIの利活用環境の重要な要素の一つとして、機微なデータや技術の海外流 出対策も考慮したデータの取扱いルールについても、不断の改善努力が必要である。 27 大目標 人材確保等の追加的な環境整備 具体目標 AI等の先端技術分野における国際的頭脳循環の向上等 民間企業による実践を通じてAIの実装を促すための、国研等からの技術 情報の積極的な提供や実践型の人材育成等 AIによる学習や処理の対象となるデータの取扱いルールについての再点 検 (4)政府による強力な牽引 我が国においても、すでに多くの汎用的なAIの製品やサービスが入手可能な状態に なっている。先進的な民間企業等では、AIを積極的に取り入れて新たなビジネスを展 開しているが、他方で、そうした選択をせずに旧来のビジネス手法を維持する企業も多 い。 いずれの選択が正しいのかは、それぞれが置かれた状況によって異なる。しかし、か つてのフィルムによるカメラの多くがデジタルカメラに置き換わり、それによって誰も が撮影したばかりの画像を即座に共有するような新しいビジネスが誕生するなど、産業 構造の転換はこれまでも頻繁に起きている。フロッピーディスク、CDなどの記録媒体 の変化や、そもそもクラウドにデータを保存するという変化もその例である。そうした 時に、政府機関が旧来の手法を堅持して、産業構造の転換をしようとする社会の足かせ となるようであってはいけない。 我が国では、中央省庁を中心に、政府機関の多くがAIの導入に未だ踏み切れていな い状況である。しかし、海外では、政府が公共部門においてAIの利活用を積極的に推 し進め、AIによる利便性の向上や安心・安全の確保によって、産業構造の転換を自ら 牽引しようとする事例が見受けられる。 28 特に、複雑な政府系の情報システムにAIを組み込むということではなくても、市場 にある汎用的なAIの製品やサービスを積極的に利活用することで、行政サービスの改 善や利便性の向上につながる。また、政府機関における積極的な行動により、社会全体 のAI利用を促進する効果も期待される。 これらを踏まえ、政府におけるAI利活用の推進に向けて、下記の具体目標の達成に 向けて取り組む。 大目標 政府におけるAI利活用の推進 具体目標 政府機関におけるAIの導入促進に向けた推進体制の強化と、それによる 行政機能の強化・改善 AI利活用を通じたデータ収集など、持続的な改善サイクルの形成 (5)「強み」への注力 世界的に競争が著しいAI利活用において「勝ち筋」を見出すためには、物理・化学 や機械等の我が国が強みを有する技術とAIを融合させることも有効である。 例えば、創薬や材料科学等はそうした効果が狙える領域であり、現に日本が培ってい る技術やデータ基盤とAIを組み合わせることで、国際的に優位性を持つ製品やサービ スを創出できる可能性が高まる。AIに関する投資は、そうした領域に意識的に集中さ せることが重要である。 また、科学技術以外にも、食や観光のほか、アニメなどのコンテンツのように文化的 な分野にも日本は強みを有している。今後は、こうした分野においてもAI利活用を視 野に関連の取組を進めることが望まれる。 なお、他方で、我が国ならではの課題への対処に当たり、引き続き積極的にAIを利 活用することも求められる。その対処においても、可能な範囲で、我が国が強みを有す る技術との融合を追求することが適切である。 29 すなわち、日本が強みを有する分野との融合に向けて、下記の具体目標の達成に向け て取り組む。 大目標 日本が強みを有する分野とAIの融合 具体目標 医療、創薬、材料科学等の分野におけるAI利活用の更なる注力 我が国が強みを有する文化産業等におけるAI利活用の促進 我が国ならではの課題(①健康・医療・介護、②農業、③インフラ・防 災、④交通インフラ・物流、⑤地方創生、⑥ものづくり、⑦安全保障)に 対処するAIと我が国の強みの融合の追求 30 第四部 「すべてにAI」を目指した着実な取組 第四部では、これまで着実に実施してきた戦略実施の成果を踏まえ、我が国のAI技術力 とそれを支える人材を育成し、それを競争力の源泉としたAIネイティブな社会・産業構造 を着実に構築する。その目標の実現に向けて、「教育改革」、「研究開発体制の再構築」、「デ ータ連携基盤整備」、「AI時代のデジタル・ガバメント」、「中小企業・ベンチャー企業への 支援」そして「倫理」に関するそれぞれの取組を推進していく。 1.教育改革 現在、私達の社会は、デジタル・トランスフォーメーションにより大転換が進んでいる。 昨今では、COVID-19 感染症の影響による人々の生活スタイルの変化やデジタル化の遅れの 露呈等を受けて、我が国の社会全体のデジタル・トランスフォーメーションは加速してき ている。このデジタル・トランスフォーメーションの中核をなす技術がAIであり、AI を作り、活かし、新たな社会(「多様性を内包した持続可能な社会」)の在り方や、新しい 社会にふさわしい製品・サービスをデザインし、そして、新たな価値を生み出すことがで きる人材がますます求められている。ビッグデータの収集・蓄積・分析の能力とも相まっ て、今後の社会や産業の活力を決定づける最大の要因の一つであるといっても過言ではな い。 このため、関連の人材の育成・確保は、緊急的課題であるとともに、初等中等教育、高 等教育、リカレント教育 25、生涯教育を含めた長期的課題であり、AI戦略 2019 策定時か ら取り組んできている課題である。とりわけ、「数理・データサイエンス・AI」に関する 知識・技能と、人文社会芸術系の教養をもとに、新しい社会の在り方や製品・サービスを デザインする能力が重要であり、これまでの 教育方法の抜本的な改善と、STEAM教 育 26などの新たな手法の導入・強化、さらには、実社会の課題解決的な学習を教科横断的 に行うことが不可欠であり、引き続き注力していく必要がある。 25 職業人を中心とした社会人に対して、学校教育の修了後、いったん社会に出てから行われる教育であり、職場から離れて行われるフル タイムの再教育のみならず、職業に就きながら行われるパートタイムの教育も含む 26 Science, Technology, Engineering, Art, Mathematics 等の各教科での学習を実社会での課題解決に生かしていくための教科横断的な 教育 31 まずは、様々な社会課題と理科・数学の関係を早い段階からしっかりと理解し、理科・ 数学の力で解決する思考の経験が肝要である。その実現のためにも、児童生徒一人一人の ための情報教育環境と教育を支援する校務支援システムを含む、学校のICTインフラの 拡充と、それを活かした教育を実践する。さらに、我が国が、諸外国に先んじて、新たな 数理・データサイエンス・AI教育を、Society 5.0 時代の教育のモデルとして構築する ことで、世界、特にアジア地域へ力強く発信していく。 大目標 デジタル社会の基礎知識(いわゆる「読み・書き・そろばん」的な素養)である 「数理・データサイエンス・AI」に関する知識・技能、新たな社会の在り方や製 品・サービスをデザインするために必要な基礎力など、持続可能な社会の創り手と して必要な力を全ての国民が育み、社会のあらゆる分野で人材が活躍することを目 指し、2025 年の実現を念頭に今後の教育に以下の目標を設定: 全ての高等学校卒業生が、「数理・データサイエンス・AI」に関する基礎的な リテラシーを習得。また、新たな社会の在り方や製品・サービスのデザイン等 に向けた問題発見・解決学習の体験等を通じた創造性の涵養 データサイエンス・AIを理解し、各専門分野で応用できる人材を育成(約 25 万人/年) データサイエンス・AIを駆使してイノベーションを創出し、世界で活躍でき るレベルの人材の発掘・育成(約 2,000 人/年、そのうちトップクラス約 100 人 /年) 数理・データサイエンス・AIを育むリカレント教育を多くの社会人(約 100 万人/年)に実施(女性の社会参加を促進するリカレント教育を含む) 留学生がデータサイエンス・AIなどを学ぶ機会を促進 (1)リテラシー教育 【高等学校】 32 具体目標 全ての高等学校卒業生(約 100 万人卒/年)が、データサイエンス・AIの基礎 となる理数素養や基本的情報知識を習得。また、人文学・社会科学系の知識、新 たな社会の在り方や製品・サービスのデザイン等に向けた問題発見・解決学習を 体験 【大学・高専・社会人】 具体目標1 文理を問わず、全ての大学・高専生(約 50 万人卒/年)が、課程にて初級レベル の数理・データサイエンス・AIを習得 具体目標2 多くの社会人(約 100 万人27/年)が、基本的情報知識と、データサイエンス・A I等の実践的活用スキルを習得できる機会をあらゆる手段を用いて提供 具体目標3 大学生、社会人に対するリベラルアーツ教育28の充実(一面的なデータ解析の結 果やAIを鵜呑みにしないための批判的思考力の養成も含む) 【小学校・中学校】 具体目標 データサイエンス・AIの基礎となる理数分野について、 ① 習熟度レベル上位層の割合が世界トップレベルにある現在の状態を維持・向 上 ② 国際的に比較して低い状況にある理数分野への興味関心を向上 27 日本の労働人口約 6,000 万人の 25%(約 1,500 万人)へのデータサイエンス・AIに関するリテラシー教育を今後 10 年間で対応する場 合の、当該期間に輩出される大学・高専の新卒者約 500 万人を除く約 1,000 万人(約 100 万人×10 年)の 1 年あたりの規模数を設定 28 専門職業教育としての技術の習得とは異なり、思考力・判断力のための一般的知識の提供や知的能力を発展させることを目標にする教 育 33 様々な社会課題と理科・数学の関係性の理解と考察を行う機会を確保 (2)応用基礎教育 具体目標1 文理を問わず、一定規模の大学・高専生(約 25 万人29卒/年)が、自らの専門分 野への数理・データサイエンス・AIの応用基礎力を習得 具体目標2 地域課題等の解決ができるAI人材を育成(社会人目標約 100 万人/年) (3)エキスパート教育 具体目標 エキスパート人材(約 2,000 人30/年、そのうちトップクラス約 100 人31/年)を育 成するとともに、彼らがその能力を開花・発揮し、イノベーションの創出に取り 組むことのできる環境を整備 (4)数理・データサイエンス・AI教育認定制度 具体目標1 大学・高専の卒業単位として認められる数理・データサイエンス・AI教育のう ち、優れた教育プログラムを政府が認定する制度を構築、普及促進 具体目標2 政府が認定する優れた数理・データサイエンス・AI関連の教育・資格等を普 及促進 29 大学の理工農系・医歯薬系学部の 1 学年当たりの学生数(約 16 万人)及び人文社会系学部の 1 学年当たりの学生数(約 37 万人)の 30% 程度(約 11 万人)を念頭に、目標として設定 30 資本金 10 億円以上の日本企業数(約 6,000 社)を参考に、目標として設定 31 日本の業界数(約 500)を参考に、目標として設定 34 2.研究開発体制の再構築 (「戦略と創発」による急速な底上げと、持続可能な研究体制の構築) 世界のビジネスは、現在、特にインターネットビジネスの分野で、米中を中心とする巨 大IT企業が牽引しており、これらの企業を含め、AI関連分野では、極めて激しい研究 開発競争が展開され、世界中で研究人材についての激しい争奪戦が生じている。 そうした中、我が国では、基礎研究、汎用的研究、セクターごとの応用研究等が、それ ぞれ独立的、分散的に発展してきた歴史があり、それらが、特定の基盤研究において優れ た能力を有するAI関連中核センター群 32や、特定分野ごとの実世界の応用研究で優れた 実績を有する公的研究機関を形成している一方で、横断的活動が多くはない状況であった。 これらを踏まえ、「AI戦略 2019」策定以降、AI関連中核センター群を核とした研究 開発ネットワークの整備を推進してきた。特に、各AI関連中核センターについて、理研 AIP は、AIに関する理論研究を中心とした革新的な基盤技術の研究開発で世界トップを 狙い、NICT は、大規模データを用いた革新的自然言語処理による対話技術、アジアからの 訪日・在留外国人への対応を含めた多言語翻訳・音声処理技術、更に心の通うコミュニケ ーションの実現を目指した脳の認知モデルの構築と応用において世界トップを狙い、産総 研 AIRC は、AIの実世界適用に向けたAI基盤技術と社会への橋渡しに向けた研究の世 界的な中核機関として世界をリードすることを狙うとともに、各AI関連中核センターは その研究成果を迅速に社会で活用させることを目指すことを目標とし、AI研究開発に取 り組んできた。 これらの取組は、日本が先端的AI技術を構築していくために必須なものであり、今後 も注力していく。そして、日本が世界と伍していくべく、AI研究開発の日本型モデルを 創造し、世界の研究者から選ばれる魅力的なAI研究拠点化を実現していく。さらには、 そのような環境の中で、日本がリーダーシップを取れる先端的AI技術を世の中に生み出 していく。 大目標 32 理化学研究所の革新知能統合研究センター(AIP)、産業技術総合研究所の人工知能研究センター(AIRC)、情報通信研究機構(NICT)の ユニバーサルコミュニケーション研究所(UCRI)及び脳情報通信融合研究センター(CiNet) 35 基礎研究から社会実装に至るまでの、本戦略に即した包括的な研究開発サイク ルの構築 日本がリーダーシップを取れる先端的AI技術、標準化における国際イニシア ティブの確保 AI関連中核センター群の強化・抜本的改革を行うとともに、同センター群を 中核にしたネットワークを構築することによって、AI研究開発の日本型モデ ルを創出し、世界の研究者から選ばれる魅力的なAI研究拠点化を推進 「多様性を内包し、持続可能な発展を遂げる社会」を実現する上で重要な創発 研究、基盤的・融合的な研究開発の戦略的な推進 世界的レベルの研究人材が自由かつ独創性を発揮して世界をリードできる創発 研究の推進 世界の英知を結集する研究推進体制の構築 (1)研究環境整備 ①中核的研究ネットワークの構築 具体目標1 本戦略に即した推進体制の下でのAI関連中核センター群の強化・抜本的改革 具体目標2 AI関連中核センター群を中核に、AI研究開発に積極的に取り組む大学・公的 研究機関と連携した、日本の英知(実装に強いエンジニア、AI研究者、基礎と なる数学・情報科学の研究者を含む)を発掘・糾合し、研究開発等の機会を提供 する、「AI研究開発ネットワーク」の構築・運用 具体目標3 世界の研究者から選ばれる、本戦略に即した魅力的な研究開発の制度及びインフ ラの整備 36 ②創発研究支援体制の充実 具体目標 世界をリードする質の高い研究人材の確保・育成 研究者が継続的に創発研究に挑戦できる研究支援体制の構築 創発研究の知的基盤強化のための研究(及び研究者)の多様性確保 (2)中核研究プログラムの立ち上げ : 基盤的・融合的な研究開発の推進 具体目標 大目標を達成する上で重要となるAIの基盤的・融合的な技術(AI Core)を 以下の 4 つの領域に体系化し、それらの研究開発を戦略的に推進 1. Basic Theories and Technologies of AI 2. Device and Architecture for AI 3. Trusted Quality AI 4. System Components of AI 3.データ関連基盤整備 AI技術の発展を根本から支えるものは、大量のデータである。質の高いデータを収集 し、サイバー攻撃などのリスクなどから守りながら、それらを分析・解析に活用すること は極めて重要である。このため、我が国においても、AI戦略 2019 の策定以降、諸外国に 遅れることなく、政府や民間が有するデータの連携・標準化に取り組んできている。政府 では「デジタル社会の実現に向けた改革の基本方針」(2020 年 12 月)や「包括的データ戦 略」(2021 年 6 月)をとりまとめるのと同時に、第 2 期 SIP を活用した社会実装を推進して きている。 今後は、データの連携・標準化の活動をより一層推進するとともに、その過程において は、ビッグデータの中の偏りを防止し、AI活用のリスクが生じないようにしなければな 37 らない。また、データの真正性、更には本人確認といった点における信頼確保が極めて重 要である。既に、米国では政府調達分野でのトラスト基盤、EUでは共通トラスト基盤の 構築が進められており、我が国でも関連の検討が開始されているが、例えば、サプライチ ェーン全体のセキュリティ確保(「サイバー・フィジカル・セキュリティ対策フレームワー ク」)などの検討を加速していかなければならない。 大目標 国際連携を前提とした、次世代のAIデータ関連インフラの構築 (1)データ基盤 具体目標 健康・医療・介護、農業、国土強靭化、交通インフラ・物流、地方創生等の分野 における、AIの活用のためのデータ連携基盤の本格稼働 収集するビッグデータの品質確認、保証に資する取組の実施 (2)トラスト 具体目標 米国、欧州等と国際相互認証が可能なトラストデータ連携基盤の構築、整備 (3)ネットワーク 具体目標1 Society 5.0 を支える 21 世紀の基幹となる情報通信インフラである第 5 世代移動 通信システム(5G)や光ファイバの日本全国での整備を推進 具体目標2 38 日本全国でAIの活用が可能となるためのネットワーク基盤の高度化と安全・信 頼性の確保 4.AI時代のデジタル・ガバメント 公共サービスセクターにおける電子化の遅れと、特に地方における急速な少子高齢化が 相まって、自治体の行政コストは増加する一方で、行政職員の人手不足が顕在化してきて いる。これにより、公共部門における生産性の低下が更に進展してきており、これを解決 するAI関連技術の利活用が渇望されている。特に、新型コロナウイルス感染症対応によ って露呈したデジタル化の遅れに対する対応について、デジタル庁の設置、包括的データ 戦略の検討等が進められているものの、国の行政機関におけるAIの活用状況は、現状、 必ずしも進展していない。人々の生活様式や働き方が変化している中、これらに対応しつ つ、更に国の行政機関における業務の効率化や質の高い行政サービスの提供を行っていく ためには、これまで以上に積極的なAIの活用を検討していく必要がある。 国の行政機関がAIを活用する際には、特に透明性、公平性、説明可能性等の確保が重 要であることを理解したうえで、AIの導入促進を図ることが必要である。このため、国 の行政機関におけるAI導入の基本的考え方の整理や、AI導入ガイドラインの策定等の 総合的な対策を取りまとめ、実施していく。そして、国の行政機関における業務に積極的 にAIを活用していく。 大目標 徹底的なデジタル・ガバメント化を推進し、AIを活用して、効率性・利便 性の向上、更にはインクルージョンの実現 適切なデータ収集と解析に基づく行政と政策立案などを実現 自治体行政分野へのAI・ロボティクス活用によるコスト低減化・業務効率 化・高度化を進め、持続可能な公共サービスを確保 具体目標1 39 AIを活用した公共サービスの利便性・生産性の向上 具体目標2 自治体の行政コスト低減と公共サービスレベル維持の両立を成し遂げるための業 務の効率化・高度化に向けたAI・ロボティクス等の活用推進 5.中小企業・ベンチャー企業への支援 働き方改革の必要性が叫ばれて久しいが、我が国の全体としての生産性の大幅な向上が 求められる中でも、とりわけ中・小規模事業者の労働生産性は、大企業と比して低水準に ある。AI技術の利活用が進めば、企業の生産性の抜本的改善が期待できるが、そのため には、まずは、中小企業を始めとする各企業のAIリテラシーを高め、これら企業の技術 ニーズと、必要となるAI技術シーズとのマッチングを進めていくことが不可欠である。 また、AI技術は、新たなベンチャー企業を生み出す大きなチャンスを提供する。実際、 米国や中国では、AI関連ベンチャー投資は急速に拡大しており、多くのユニコーン企業 が出現している。AI技術の共有と、企業や行政におけるAIの利活用を促進し、新たな 製品やサービスの創出のための環境を整えていく必要がある。近年、我が国においても、 AIベンチャー企業への投資も、起業数も増加傾向にあり、社会におけるDXの進展を踏 まえ、これまで以上に中小企業・ベンチャー企業の担う役割は大きくなっていくものと考 えられる。 今後も引き続き、ものづくり中小企業等のAIの高度化・活用を通じた労働生産性の向 上等に取組んでいくことが必要である。 大目標 低生産性分野、成長分野におけるデータ基盤整備と、AI活用による生産 性・成長性の向上 AI関連スタートアップの支援強化 40 (1)中小企業支援 具体目標 AIを活用した中小企業の生産性の向上 (2)AI関連創業に関する若手支援 具体目標 AI関連スタートアップ企業支援 6.倫理 AIの利活用への関心が高まる中、文明的な利便性を過度に追求することは、AIが引 き起こす負の側面が拡大しかねない。これを抑制するには、文化的な背景が持つ高い倫理 的観点が重要であり、より人間を尊重したAIの利活用を進めるために、我が国では 2019 年3月に、またEUでは同年4月に、AI社会原則を発表した。さらに、同年 5 月の OECD 閣僚理事会では、AIに関する勧告が採択され、同年 6 月の G20 大阪首脳会合において、 「G20 AI原則」が同首脳宣言の附属文書として合意された。その後、2020 年 6 月に立ち 上がった GPAI(Global Partnership on AI)や 2021 年 11 月第 41 回ユネスコ総会におい て、「AIの倫理に関する勧告」が採択されたユネスコなどを含め、様々な国際的枠組みに おいて、AIの社会実装の進展に伴うAI技術の信頼と責任のあり方等に関する検討が進 められてきている。GPAI については、2021 年 11 月の GPAI 閣僚級理事会において、2022 年末から1年間、我が国が議長国となることが決定し、2022 年末に GPAI 閣僚級理事会や 年次総会等を日本で開催予定である。 このような状況下、我が国は、我が国の社会経済活動が過度に制約されることが無いよ う、同志国を中心に、諸外国と連携して国際標準化活動の推進等の国際連携を実施してい く必要がある。 目標 AI社会原則の普及と、国際連携体制の構築